― 子どもを真ん中に置いた支援について、ある事例から考える ―
フリースクール「あんしゃ」では、学校とフリースクールを対立するものとは考えていません。
学校には学校だからこそできる教育や経験があり、フリースクールには、一人ひとりの特性や現在の状態に合わせて支援できる役割があります。
大切なのは、「学校に行くのか、フリースクールに行くのか」という二者択一ではなく、その子にとって今、何が必要なのかを学校・家庭・フリースクールが一緒に考えることだと私たちは考えています。
今回、実際の支援を通して、学校とフリースクールの連携について改めて考える機会がありました。なお、以下は特定の学校や教職員を批判することを目的としたものではありません。児童・学校等が特定されないよう一部を匿名化し、同じような状況で悩んでいる子どもや保護者への情報提供と、今後のより良い連携につなげることを目的として掲載しています。
小学校6年生の事例
Aさんには、特に「読み・書き」の学習に大きな困難があります。
学年相当の一斉授業では理解が難しい時間が多く、保護者は、進学や受験だけでなく、将来の運転免許取得や社会生活までを考え、「今のうちに本人に合った方法で、基礎的な読み書きや計算の力を身につけてほしい」と考え、あんしゃへ相談に来られました。
一方、Aさんは運動が得意で、クラブチームでサッカーを続けています。学校でも毎年リレーの選手に選ばれるなど、本人が自信を持ち、力を発揮できることもたくさんあります。
保護者が望んだのは、学校から離れることではありませんでした。
学校生活を大切にしながら、週2日程度あんしゃを利用し、学校の一斉授業では補うことが難しい部分を、本人に合った方法で学習・トレーニングすることでした。
ところが、その利用を進める中で、本人・保護者から、学校とのやり取りについていくつかの相談が寄せられました。
学校からは、「あんしゃへの入会申し込みがなければ、学校の出席扱いにはならない」という趣旨の説明があったとのことでした。
この時点では、学校からあんしゃへ、通所内容や支援内容等についての確認・情報共有はありませんでした。また、Aさんがあんしゃで七夕の短冊を書いたことを担任へ話した際には、「学校でもそれはできますよね?」という趣旨の言葉があった、と保護者から相談を受けました。
もちろん、七夕の短冊を書くこと自体は学校でも家庭でもできます。しかし、あんしゃで季節行事を行う目的は、それだけではありません。他の子どもたちと同じ活動を楽しむことが、会話や関係づくりのきっかけになることもあります。そして何より、Aさんがあんしゃを利用する主な目的は、本人の特性に合わせた学習支援を受けることにあります。
さらに、学校から支給されている学習用タブレットについて、Aさんは「あんしゃへ持って行ってはいけない」と伝えられたとのことでした。少なくとも本人には、その理由が十分理解できる形では説明されていなかったようです。
端末の校外利用について学校や自治体の管理上のルールがあるのであれば、当然それに従う必要があります。
一方で、理由が分からないまま禁止されることで、本人が「自分がフリースクールへ行くことを先生はよく思っていないのではないか」と受け止め、心理的な負担を感じていたことについては、私たち支援者として見過ごすことができません。
また、保護者からは、あんしゃを利用することに関連して「リレーの選手には選ばれないかもしれない」という趣旨の説明があったとの報告もありました。
Aさんにとって運動は、苦手な学習がある中でも「自分はこれができる」と思える大切な分野です。もし選考上のルールや練習参加等の条件があるのであれば、その基準を本人と保護者が理解できるよう説明することが大切だと考えます。同時に、フリースクールを利用することそのものが、本人の得意な分野での活躍の機会を失うことにつながらないよう配慮する必要があると考えています。
さらに、Aさん本人への事前の相談がないまま、クラスの児童に「Aさんは違う学校にも行っている」という趣旨の説明がなされたとの報告もありました。
Aさん自身は、このことを「嫌だった」と話しています。
保護者も、「本人が自分から友達に話すのであれば理解できる。しかし、本人に確認せず先生から伝えられるとは思っていなかった」と話されました。
フリースクールを利用していることは、決して恥ずかしいことではありません。
だからこそ、「隠すか、公表するか」という問題ではなく、自分のことを誰に、どのように伝えるのかについて、まず本人の気持ちを尊重することが大切なのではないでしょうか。
私たちがこの事例から考えたこと
一つひとつの学校側の対応には、それぞれ事情や理由があるかもしれません。
だからこそ、私たちは「学校が間違っている」「フリースクールが正しい」という話にしたいわけではありません。
今回もっとも考えさせられたのは、大人同士の認識の違いによって、子ども自身が「学校に行くこと」と「フリースクールに行くこと」の間で苦しくなってしまってはいけないということです。
学校で過ごす日があっていい。
フリースクールで自分に合った学習をする日があっていい。
学校の行事に参加し、友達と過ごすことも大切にしながら、別の場所で自分に必要な力を身につけることもできる。
私たちは、それらは決して矛盾するものではないと考えています。
「どこに通うか」ではなく、「その子に何が必要か」
読み書きが苦手な子。
集団の中では力を発揮しにくい子。
学校では見えにくいけれど、別の環境では素晴らしい力を発揮する子。
子どもは一人ひとり違います。だからこそ、学校で何ができるのか。家庭で何ができるのか。フリースクールで何ができるのか。
それぞれができることを持ち寄り、「この子の今と将来のために、どう組み合わせたら一番いいだろう」と話し合える関係をつくることが必要だと思います。
あんしゃは、学校に代わりたいわけではありません。
学校へ戻すことだけをゴールにしているわけでもありません。
私たちが目指しているのは、子ども自身が自分の力を取り戻し、自分の将来を自分で歩いていけるようになることです。
そのために学校の力が必要であれば、学校と連携したい。
家庭の思いを聞く必要があれば、一緒に考えたい。
そして、学校だけでは十分に支援することが難しい部分があるのであれば、そこをあんしゃが担いたい。
学校・家庭・フリースクールがそれぞれの立場を守ることよりも、子どもを真ん中に置き、同じ方向を向いて話ができること。
私たちは、そんな連携が当たり前になることを願っています。
同じようなことで悩んでいる保護者の方にも、「学校以外の場所を利用すること」と「学校とのつながりを大切にすること」は、どちらか一方を選ばなければならないものではないことを知っていただければと思います。
すべての判断の真ん中にいるのは、制度でも、学校でも、フリースクールでもなく、子ども本人です。
フリースクール あんしゃ

